おれが8歳だったころ日曜日に父がおれを、買ったばかりの白いコロナで買い物に連れて行ってくれた。
おれは野球板を買ってもらって(年がばれる・・・)大喜びしていたんだけど、父にはもうひとつの目的があった。
その年、おれの両親は結婚10周年を迎えていたんだ。
父はいわゆる猛烈サラリーマンで、あまり家にいなかったから、おれはむしろ、母との結びつきを強く感じながら育った。
だからその日も、車の助手席に乗っていてなんだかちょっとだけ居心地が悪かった印象がある。
父は、ケーキを作るための材料をたくさん買った。
そして家に帰って、本を読みながら、父とおれは二人で一生懸命ケーキを作った。
何回やってもダマダマになってしまって、どうやっても母が作るみたいなおいしいケーキはできなかった。
ようやくできたケーキをコロナの後部座席に乗せる。
父はアクセルもブレーキも静かに静かに踏んで病院に向かう。
母はそのとき、おれの妹になるはずだった子供を流産した後の経過が悪く、入院していたんだ。
病室の母にケーキを届けると、母はとても喜んでくれた。
すごく嬉しい。こんなにたくさん、とても一度に食べきれないよ。
だから、今、一緒に食べよう。
でもね、隣のベッドの患者さんは、誰も身寄りがない人なの(そのときはちょうどいなかった)。
だから、三人で車のなかで食べようよ。
最初は父が助手席に座って、母とおれは後部座席に座った。
だけど、お父さんだけ前じゃ寂しいよって母が言って、おれたちは後ろの座席に三人並んでケーキを食べた。
肘が当たったりして 窮屈だったけど、父も母もおれもいっぱい笑って、すごく楽しかったんだ。
母の病状は、それからしばらくして回復した。
それから13年後、おれの家にはまだそのコロナがあった。
あの日以来、父は家族三人をたくさんドライブに連れて行ってくれるようになった。
免許を取ったおれが初めて運転したのもそのコロナ だった。
17万キロを走ったコロナは、駐車場が露天だったせいもあって錆がひどく、室内の雨漏りもするようになって
いたので、父も買い替えを決断した。
新しい車が来る日、おれが昼近くになって起きると、台所で父と母が二人で何か作っていた。
寝ぼけ眼のおれだったが、すでにだいぶ前から、家族の中で一番力が強いのはおれになっていたから、母は迷うことなくおれに泡立て器を持たせた。
そして、あの日と同じように、三人でコロナの後部座席に並んで座って、ケーキを食べた。
ケーキを口にした瞬間、いろんな思い出が走馬灯のようにおれの脳裏をよぎって、涙があふれた。
母は子供みたいに声を出して泣いた。
父はずっと窓の外ばかり見ていた。